もののけとけもののけ

迷い走る人生 ほどほどにナイス

高校演劇部の思い出話をしよう。~自分の中の「承認欲求お化け」を一度封印した時のこと

埃っぽい体育館裏のピロティで、小柄な演劇部の部長が金づちを振るのをぼんやりと眺めていた。

野球部に壁打ちされて跡のついた大道具も塗装をし直して、大会前、舞台に上げる大道具づくりもいよいよ大詰めであった。演劇部の同期たちは室内で演技の練習をしている。そしてきっと演出担当の先輩も、演技指導をしているんだろう。

へそを曲げて飛び出してきた私の手には照明のQUEシートが握られていて、これが役者がそれぞれ持つ芝居の脚本だったらどれだけよかったかって、でもこうやっていろんなことがわかり始めてきたら、私が舞台に上がるメリットなんか、この部活にとってはないよなあ。なんて考えたりもして。

土埃に乾く肌の表面は、夏の終わりと心中でもするみたいに急速に冷える夜の温度も感じていた。みんな確かにそのへんにいるのに、なんだかひとりぼっちだなあと思って、血管がきゅっと細くなった。

後ろから軽く肩を小突かれて、我に返って振り向けば、演出担当の先輩が目を細めて笑っていた。

 

「練習、終わったよ。大道具一緒に手伝お」

 

***

 

2010年に初めて出会った先輩は、およそ10年が経った今も、ずっと変わらず可愛い。

当時から変わったことといえば、年齢的にお酒が飲めるようになったくらいだけれど、先輩自身そんなにお酒を飲まないので大した違いはない気がする。あとは、私が社会人2年目で、今度先輩が20卒で新社会人になるというくらいか。先輩は理系で、大学院に進んでいたことなど様々な事情もあり少し時空がゆがんでいる。

高校を卒業してから長い年月が経つけれど、私は先輩と今でも半年に一度くらいのペースで一緒に遊んだりご飯を食べたりしていた。他愛もない話をしたり、お互いの近況を聞いてねぎらいあったりしていた。

 

「最近、自分の中に、『勝ちたい』とか『負けたくない』って気持ちがすごく強くあることを自覚したんですよね」

 

デカビタとカシスで作ったという謎カクテルをあおりつつ、私が打ち明けると、先輩の丸い目が優しく笑う。

 

 

「まあ、高校の時からカヤノは、同期に対して闘争心にじみ出てたよね」

「やっぱりばれてましたか」

「そりゃあねえ」

 

先輩と私は、ほぼずっと同じ役職で一緒に部活を支えてきた。先輩が演出担当で、私が演出補佐、それと照明兼任、みたいな感じで。私の部活内での役割は、ほとんど先輩から受け継いだものだった。だからなのか、私は先輩に対して隠し事をする気がなかったし、できるとも全く、思っていなかった。

 

「でもそうやって最近、自分の中の思いに目を向けられてるの、とってもいいなって思ってるよ。昔から苦しんでたことに、答えが見つかりそうな気配してるじゃない」

 

柔らかな声が紡ぐ台詞は、限りがないほど優しかった。

 

 ***

 

そうだ思い出した、はっきりと思い出した。

私はずっと役者として、舞台の上に立ちたかったんだ。

関東大会の舞台も、北千住でやったサマーフェスティバルの特別出場枠も、

演出じゃなくて、照明席からじゃなくて、「観る」立場じゃなくて私自身が演りたかった。

でも同期には舞台向けの才能や経験やスキルを持ってる子がたくさんいて、それに比べたらなんにもない私なんかが舞台に出たところで演劇部になんのメリットももたらせないと思ってた。

だから自分から舞台を降りたのに、本意なんかじゃなかったから、それからずっと苦しかった。

 

夏芙蓉の舞台も、

 

 

贋作マクベスだって、

 

 
ほんとはなんでもやりたかった。
顧問の先生が書いた脚本も、関東大会の最後のシーン、私が工夫して作った夕暮れの照明演出の中にたたずむ役者の先輩の影が遠くて、やり切った安心感と同時に言いようもない苦しさで私の胸は破れそうだった。
 
それでも一度、先生が私への当て書き(※演劇や映画などで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)をしてくれて、役をもらったことがあった。
「男に捨てられて中絶を考えている妊婦の役」を女子高生から想起するのどうかと思うけど、それでも本当にうれしかった。
 
 
それを演じた年、私たちの高校は、地区大会で負けてその先へ進めなかった。
 
 
それで私は、私が目立とうとしたら、やっぱりろくなことがない、と強く感じて、自分の中に「承認欲求の化け物」がいることを否定したのだった。
 
 
 
 
否定したから今こうして噴き出してるんですけどね
 
当時の私にはそれしかできなかったのだし、責めるつもりはない。むしろよく苦しい中耐えてくれてたよねありがとう、それに先輩たちも、あんなめんどくせえ小娘のことをよく面倒見てくださって本当にありがとうございました、今も仲良くしてくださるのマジで意味不明なほどありがたさ極まりMAX、って感じなんですけど、も、
 
自分の中にある感情や欲求を否定したところで、そこに「ある」ことに変わりはないんだから、根本的な解決にはならない
 
ってことが当時の私にはわからなかったわけですよ。16やそこらの女子高生にはね。ええ。分かれっていう方が酷だわ。よっぽど東大の赤本でも解いてろって感じです。臭い物に蓋をすんなと。たとえ臭かろうとも! 苦しかろうとも!!
 
じゃあ、その10年近く封印されて、いまようやく表に出てきて暴れに暴れまくってる私の「承認欲求お化け」くん。どう対応したらいいのか。
 
 

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たとえその感情と真正面から向き合うのが痛くて、つらくても、ただそこに「ある」ことに向き合う

 

ただ、その感情が、そこにあることを認める。

これに尽きると思う。
 
長らく封印していた思い、自分の中にあってはいけないと決めつけていた部分だから、向き合うのは怖い。痛いし、苦しいと感じるかもしれない。
それでも、自分がその思いを持っていることを認めない限り、無理やり封印されて怒り狂った化け物は決して落ち着いてくれない。
 
本当は、苦しかった自分。
本当は、悲しかった自分。
当時そう感じていた自分の心を、封印してしまった過去の自分を、ちゃんと今、腕の中に抱きしめてあげよう。気が済むまで暴れたらいいと思ってるよ。25歳の私はちゃんと受け止める心づもりでいることだし。
 
… 
 
余談だが、当て書きで私がもらった役の、最後のセリフはこれだった。
 
「幸せになれるかな、私。」
 
 
答えをあげるべきは、きっと今の私だ。
 
 
 
 
 
関東大会に行けた舞台の終盤のBGM(グッド・バイ・マイ・ラブ / 福田沙紀)と、地区大会で負けた舞台の終盤のBGM(Hoppipolla / Sigur Ros)とを載せて、この記事を終わりたいと思う。方向性は全然違うけどシンプルにどっちもいい曲なので、視聴してみてくれると嬉しい。…ああ、でも、苦しさはあったけれど、それでも演劇部で先輩たちと過ごした時間は本当に楽しかったなあ…。